今日の「ドキュメンタリーラボ Team B」で生まれたテーマ:
「生(なま)の言葉」に私たちはどんな立場で向き合うか?


 手始めに、みんなが好きなフィクション作品を机に持ち寄ってみる。鬼を滅する漫画、YouTuberが書いたミステリー小説、大ピンチの連続をユーモラスに描いた絵本など。ジャンルもバラバラな本たちを前にして、「せーの!」で1番面白いと思う作品を指差して、その理由を語り合う。
 次に、ノンフィクションの作品を並べた。中野区で暮らす誰かの何気ない日記帳、誰かが熱量だけで作り上げたZINE、VIVISTOPインタビュー記事など。


 さっきと同じように、せーの!


 フィクションとノンフィクション、私たちはそれぞれをどう評価して、指を差したんだろう。と振り返る上で、「そもそもフィクション・ノンフィクションって何だ?」という問いを設定して、哲学対話の場に変わっていた。
 「この漫画はフィクションだよね」 「あの映画は、ノンフィクションかな」対話は、思っていた以上にコロコロと転がっていく。そして行き着いた先で、誰かがぽつりと呟いた。


 「じゃあさ、聖書はノンフィクションなの?」「…立場によって変わってこない?」


 あー。確かに…(もやもや)。明確な答えなんて出ないまま、時間がきて、私たちは学校を後にした。


初夏を告げる少し強い日差し。 私たちは、吉祥寺にある古本屋「百年」へと向かう。駅から少し歩いたビルの2階。扉を開けると、そこには古本だけでなく、強烈な「伝えたい」が詰まった個人作のZINEが、所狭しと並んでいた。「コミュニケーションする本屋」をコンセプトにするこの店は、ただ本を売る場所ではなく、誰かの思考の欠片と出会う、そんな空間。
30分ほど、私たちはそれぞれのセンサーを頼りに、静かに店内を闊歩した。 そして一人ずつ、自分の心に引っかかった「生の言葉」を買い求めた。


 手元に残った、誰かの言葉。 さて来週は、この手触りのある材料を机に広げて、誰の「生の言葉」に、どんな立場で向き合おうか。


去年のドキュメンタリーラボの様子:
https://nitobebunka.ac.jp/vivistop/2026-3-6/